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激愛~たとえ実らない恋だとしても~

第7章 第二話・其の参

 彼女にとって、あの女の生んだ息子が藩主になるなぞ、けして、あってはならぬことだった。
 ところが、である。計画は意外なところから破綻することになった。事前に内応者が出て、あろうことか、その者が孝俊に直訴したのだ。その者は孝俊にすべてを打ち明け、許しを乞うた。
 宥松院がこの若い藩主が侮れぬ人物と知ったのは、このときのことだ。陰謀を知った孝俊の対応は実に鮮やかであった。首謀者の次席家老は即日切腹、事件に連座した主だった者たちは生命は取らず藩内から永久追放の沙汰を下した。
 孝俊は密告者から、そもこの謀の真の首謀者が誰であるかを聞いたはずである。切腹を命じられた次席家老は、まんまと彼女の言葉に載せられたにすぎず、宥松院が裏で糸を引いていることは明らかであった。しかし、その事実を知りつつも、継母という立場を慮り、知らぬふりを通したのだ。それは、孝俊が亡き兄高晴のことを思いやってのことでもあった。宥松院は幼い孝俊を苛め抜いたが、宥松院の息子ではあっても、兄はいつも孝俊を庇い、優しく接して くれたのだ。
 孝俊事件後、宥松院に今後は一切、表向きのことには拘わらぬようにと厳重に釘を刺すことも忘れなかった。
―私もこういったことが度重なりますと、宥松院さまを庇い立てすることは難しくなります。家臣たちの手前もありますれば。
 孝俊は感情の読み取れぬ瞳で、宥松院を見つめて言ったものだ。
 こうして、当時の藩主暗殺未遂事件は終結を見た。腹を切ったのは次席家老のみで、他の数名はすべて永のお暇を賜るという形で、極力事を穏便に収めたのだ。この手腕を見ても、孝俊が英明な若者であることは明白、宥松院はますます孝俊への憎悪を深め、その聡明さを怖れた。
 いつか、あの女の息子は、自分を殺すかもしれない。長年の恨みを晴らすために―。
 そんな強迫観念に囚われるようになった。
 現在でも彼女は夜も眠れぬ日が多い。はきとは憶えてはおらぬほど朧な夢なのに、夜毎、怖ろしき悪夢にうなされるのだ。
 二度と表向きのことに拘わるなと告げたときの孝俊の眼を、宥松院は忘れない。人を見下したような冷徹な視線は、見る者を一瞬にして凍らせるほどの冷たさを含んでいた。

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