激愛~たとえ実らない恋だとしても~
第7章 第二話・其の参
その翌日。
美空の許に予期せぬ訪問者があった。
先代藩主夫人宥松院お付きの老女唐橋である。
対面は美空の居室で行われた。上座に座った美空に対して、唐橋は下座に端座し、両手を付いて深々と頭を垂れる。
その日は霜月とはいえ、日中は汗ばむほどの陽気であった。小庭に面した障子はすべて開け放ち、真っ赤に色づいた紅葉がその場に彩りと華やぎを添えている。しかしながら、畏まった唐橋の面は緊張に強ばり、蒼褪めていた。
美空の部屋はいかにも女性のものらしく、豪奢な調度でしつらえられている。床の間には秋の七草を繊細な筆致で描いた水彩画が翔られており、青磁の大ぶりの花器には、黄金色の穂を波打たせた芒と石蕗が数本、活けられている。石蕗の鮮やかな黄色の花びらと、芒の穂の色の対比の妙がかえって実に見事な調和を醸し出している。
型どおりの挨拶を述べた後、唐橋は小さな声で言った。
「実は、ご簾中さまに折り入ってお話というか、お願いがあってまかり越しました次第にございます」
美空は小首を傾げ、唐橋を見つめた。
鶯色の地に撫子と桔梗、花々に戯れるように飛ぶ蜻蛉が縫い取られた打掛が実によく似合っている。打掛の色が多少地味にも思えるが、落ち着いた色合いがかえって美空の若さを引き立てていた。
咲き匂う花のごとし、まさに露を含んだ、咲き初めたばかりの花。この若さ、美貌であれば、殿がお側から離されぬのも頷けると内心、得心のいった唐橋である。もっとも、〝宥松院さま派〟の先鋒を持って任ずる唐橋は、口が裂けてもそんなことを言うつもりはなかったが。
「それで、話というのは何でしょう」
床の間を背にした美空が切り出すと、唐橋は小さく頷いた。
「はい、ご簾中さまのありがたきごじょうに甘えて、申し上げさせて頂きまする」
一瞬の静寂。
美空は、そこに唐橋の戸惑いを見たような気がした。
が、流石は尾張藩上屋敷の奥向き一切を取り仕切る老女、唐橋は度胸を決めたように真っすぐに美空を見つめた。