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激愛~たとえ実らない恋だとしても~

第7章 第二話・其の参

「お言葉にはございますが、唐橋さま」
 智島が抗議しようと口を開きかけたその時、美空がそっとかぶりを振った。何も言ってはならぬとの意思表示である。それを見た智島が悔しげな表情で押し黙った。
「むろん、事が事ゆえ、今すぐ早々にお返事をとは申しませぬ。ただ、現在のところ、ご当家には若君徳千代さまのみおわし、真にお淋しきご様子。ご簾中さまにおかれましても、ここ最近は一向にご懐妊のお兆しもなく、このままでは、万が一、殿の御身に何か起こりしときにお家が絶えてしまうと、宥松院さまはいたくご心痛であらせられます。どうか、宥松院さまのお心をお汲み取りになられ、何がお家にとって、いちばん大切かをよくよくお考えになって下さいますよう、この唐橋、伏してお願い申し上げます」
 唐橋は言うだけ言うと、さっさと辞していった。
 唐橋がいなくなった後、智島は一人でぷりぷりと怒っていた。
「親切顔をして殿にご側室をお勧めするなぞと言いながら、あまつさえ、それをありがたく思えだとは、ご簾中さまを蔑ろになされるのも大概にして頂きたいものにございます。たとえ、先代さまのご簾中とはいえ、もう隠居なされたお方でばございませぬか。私、ほんに悔しうございます。ああっ、悔しいッ。縁起直しに塩を撒いてやりましょう」
 息巻く智島を見て、美空は微笑んだ。
「いつ見ても、そなたは勇ましいのう」
 と、智島はますます、いきり立つ。
「何を悠長なことを仰せにございますか。のんびりと笑っておいでのときにはございませぬよ、このままでは、唐橋さまはまた一両日にはお返事をと迫って参りましょう」
 美空は美しい面に微笑をひろげたまま言った。
「のう、智島。お義母上の腹の内はともかく、唐橋が申しておったことは道理ではありましょう。確かに武家にとりては御子は一人でも多い方が良いというのは常識。私が徳千代君を生んで以来、懐妊しておらぬというのも事実は事実ですから」
「さりながら、ご簾中さまが徳千代さまをお生み奉ってから、まだやっと一年が過ぎたばかりではございませぬか。こう申しては失礼ながら、女子は子を生む道具でも機械でもござりませぬ。そのように立て続けに身ごもれと申される方がおかしいのでございます」

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