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激愛~たとえ実らない恋だとしても~

第4章 其の四

 しかも、おゆりの方は可憐な美貌であった。見た目のたおやかさからはおよそ想像もつかぬ果敢さ、その外見と内面の違いも新鮮だった。
―面白き女子もおるものよの。
 と孝信はいたく興味を持ち、やがて、このお湯殿係は藩主の閨に召されることになった。そのため、孝太郎は陰で〝お湯殿番の御子〟と半ば蔑みを込めて呼ばれていた。
 十二で江戸の尾張藩邸から追われるように再び尾張に戻っても、故郷にも最早、孝太郎の居場所はなかった。孝太郎は、そんな環境に耐えかね、十六で城を出て、尾張から江戸に舞い戻った。一応、居場所だけは父の許に知らせたが、自分はその時点で尾張藩とも一切縁は切ったつもりだったのだ。
 見よう見まねで始めた小間物の行商が思った以上にうまくゆき、孝太郎は一介の町人として生きてゆくことを決意した。父にも書状で、自分と尾張徳川家とは今後は何の縁もゆかりもなきものとして考えて欲しいと書き送った。
 孝太郎は名前も家も何もかも捨て、ただの小間物売りとして、粗末な長屋でひっそりと日々を過ごしていた。
 しかし、その二年後、彼の運命は激変することになる。たった一人の兄孝次がまだ二十四歳の若さで病に倒れた。孝次はあの権高で驕慢な継母とは違い、孝太郎を弟として慈しみ導いてくれた人だった。
 そんなある日、尾張藩邸から江戸家老碓井主膳がひそかに訪ねてきた。主膳から兄が自分を呼んでいると聞き、孝太郎は二度と帰るつもりのなかった尾張藩上屋敷に脚を踏み入れた。
 そして、二年ぶりに再会した兄は涙ながらに弟に頼んだのである。
―私の生命はもう長くはない。どうか父上に何かあったときには、そなたが尾張に戻り、この尾張徳川家の家督を継いで欲しい。
 その一年後、兄孝次は眠るように息を引き取った。
 孝太郎から今、初めて聞かされる彼の生い立ちは壮絶なものだった。
 たとえその日暮らしの庶民でも、父に愛され、長屋の人々の親切に守られて育った美空の方がよほど幸せだったろう。
 武士の棟梁たる将軍家を支える御三家の筆頭尾張徳川家の第二子として生まれながら、継母に憎まれ、虐げられて育った孝太郎。

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