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激愛~たとえ実らない恋だとしても~

第4章 其の四

 一晩帰らなかったあの夜、孝太郎は江戸にある尾張藩上屋敷にいたのだと聞かされた。
 父孝信公が現在は上屋敷に暮らしており、そちらで病臥していたからである。孝信公はひと月前に心ノ臓の発作で突如として倒れ、以来ずっと病床にあった。まだ四十七歳であったそうだ。
 孝信公が逝去した今、正式な披露目はまだでも、孝太郎は既に事実上は尾張藩主としての立場にある。たまには上屋敷の方に顔を出さねばならないのだと言っていたけれど、この二日間のあいだに、孝太郎がそちらへ行ったのかどうかは美空には見当もつかなかった。孝信公の葬儀は当然ながら、江戸の藩邸ではなく国許の名古屋城で行われる。
 その時、手前からお民が大きな身体を揺すりながらやってくるのが見えた。歩いているように見えるが、どうやら本人は走っているつもりらしい。
「美空ちゃんッ、大変だよッ。孝太郎さんが怪我をしたって、たった今、源さんが大慌てであたしのところに知らせにきたんだ」
「え―」
 美空は刹那、底なしの闇に呑み込まれたように思った。
「それで、うちの人の様子はどうなんでしょう?」
 咳き込んで問うと、お民は済まなさそうに首を振る。
「それがあたしも今、源さんに聞いたばかりのところなのさ。とにかく帰ってみなきゃア、判らないねえ」
「孝太郎さんが怪我―」
 美空は呟くと、フラリとよろめいた。
 思わず転びそうになって、お民に支えられる。
「しっかりしな、こんなときこそ、あんたがしっかりしないと駄目じゃないか。美空ちゃんももうじき、おっかさんになろうってえんだ。もっとしゃんとしなよ」
 耳許で囁かれ、美空は涙の滲んだ眼で頷く。
 それでも、小走りに走って、まろぶように家の中に飛び込んだ。
 家の中には源治とその傍らに孝太郎がいて、孝太郎は左腕に幾重にも包帯を巻いている。
「ああ、美空ちゃん、帰ったかい」
 源治が安堵したような顔で言い、立ち上がった。
「それじゃア、孝太郎さん。俺ァ、これで帰るぜ」

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