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激愛~たとえ実らない恋だとしても~

第4章 其の四

 共に過ごした住人たちは、いつものかしましさはどこへやら、神妙な面持ちで事のなりゆきを見つめている。
 その中から、お民が進み出た。その骨太の手には小さな花束があった。純白の浄らかな花が数本、身を寄せ合うようにして花開いている。水仙だった。
「達者でおやりよ」
 水仙の花束を差し出しながら、お民は笑った。引きつったような奇妙な笑顔にふと違和感を憶えたけれど、よくよく見れば、お民の眼は濡れている。無理に微笑もうとしたゆえ、かえって顔が強ばってしまったのだろう。
 と、お民の隣の源治がお民をつついた。
 源治につつかれ、お民は苦笑いを浮かべる。
「お、お元気でいらっしゃって下さいな、あれっ、違うか」
 自分で言いながら、慌てている。
「ちっ、別れの科白一つ満足に言えねえのかよ。いつも俺にたいそうな口利いてるくせによ」
 これは、お民の亭主兵吉の声だ。
 お民は頭をかきつつ、〝慣れない言葉なんか使うもんじゃないね〟と照れている。
 いつもどおりの、賑やかな光景。
 この人たちに自分は一体どれほど励まされ、守られてきたことだろう。この人たちこそ、美空にとっては親に勝るとも劣らぬ大切な存在であった。
「危うく舌噛んじまうところだったよ」
 笑いながら美空に言うお民の眼には涙が浮かんでいた。三十になるお民は美空にとっては、母のようでもあり姉のようでもあった。
 父が突如として亡くなった後も何くれとなく支えてくれた頼もしい女だった。淋しいだろうからと、父の野辺送りを済ませた夜、お民の家に泊めて貰ったこともある。
 その一つ一つの大切な想い出を心に思い描きながら、美空はお民に微笑んだ。
「お民さん、色々とありがとうございました。お民さんにはどれほど感謝しても足りないくらい」
 お民が大仰に手をひらひらと振る。
「なに水臭いこと言ってるんだよ。そんな言い方止しとくれ。何だか永の別れみたいじゃないか。辛気くさいのは、あたしゃア、昔っから苦手なんだ」
 そう言いながら、お民は大粒の涙をポロポロと流している。だが、お民にしろ、ここにいる誰もが知っている。

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