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麗しの蓮の姫~炎のように愛して~【BL】

第5章 天上の苑(その)

 長年、生き馬の眼を抜く苦界で様々な人々を見、数々の修羅場をくぐり抜けてきた女将だ。もしかしたら、浄蓮がもっと複雑ないわくつきの身だとは薄々気づいているのかもしれないが、少なくとも、それを態度に出すことはない。もっとも、女将にとって大切なのは〝妓生としての器〟なのだから、浄蓮が政丞の倅であろうが、首切り役人の倅であろうが、実はたいした問題ではないのかもしれない。
「そうか。浄蓮は女将にも話していないことを私に話してくれたんだな」
 準基の声は弾んでいたが、浄蓮は沈んだ面持ちで言った。
「亡くなった時、兄は十四でした。私と違って、とても出来の良い兄で、父もとても期待をかけていたのです。兄自身も将来は立派な官吏になって、国王さまのために尽くすのだと言っていました。まだまだ、やりたいこと、成し遂げたかったことがたくさんあったでしょうに」
 浄蓮は両手で貌を覆った。
「私が死ねば良かった。私は兄と違って、勉強も嫌いだったし、国王さまのために尽くすのだとか、そんな理想は全く考えたこともなかったんです。だから、私が代わりに死ねば良かった。そうすれば、兄は自分の思い描いていた夢を今頃は果たせていたかもしれないのに」
「事情を詳しくは知らぬゆえ、はきとは言えないが、浄蓮、そなたの兄上は病で亡くなられたのではないんだね」
 しまった、喋り過ぎたと思ったが、もう遅かった。浄蓮が申英真であるという事実は誰にも知られない方が良い。あの謀反事件から既に六年が経過して、英真が生きていると思う者はいないし、今更、右議政の遺児が生き存えていたとしても、何の力も持たない子ども一人が何をしでかすこともできはしない。
 ―ではあるが、右議政を謀によって陥れただけに、現在の領議政は疑心暗鬼になっているのも確かではあった。

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