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麗しの蓮の姫~炎のように愛して~【BL】

第5章 天上の苑(その)

 ほどなく、前方に洞窟らしいものが見えてきた。
 準基が周囲を用心深く見回しながら言う。
「もう、ここは山へと入る山道だね。ほら、この細道がずっと上まで続いているだろう? さっき池のほとりから見た山の頂までずっと続いているんだ」
 確かに準基の示した方には、それらしい山道が続いていた。道沿いは鬱蒼とした樹々が折り重なるようにして茂っており、さながら森のような景観がひろがっている。
 洞窟というのは、山肌に大きな洞(うろ)が穿たれていて、それが丁度、人ふたりくらいは入れる大きさになっているのであった。
 雨脚は弱まるどころか、次第に強くなってゆく一方である。既に、少し先も見えないほどの豪雨で、まるで盥を真っ逆さまにしたように水が落ちてくる。
 つい今し方まで見えていた細く険しい山道も白い雨の幕の向こうに隠れてしまった。
「仕方ない、あそこより他には、雨宿りできるところはなさそうだ」
 準基に半ば手を引かれるようにして走り、二人は更に雨が激しくなる前に、洞窟に駆け込んだ。
 洞窟の中は思ったよりは広く、もう一人分くらいは余裕がありそうだった。
 準基は溜息をついた。
「ごめん。こんなことになるとは思いもしなかったから」
「いいえ、今日は色々と愉しかったです。素敵なものをたくさん見せて頂きましたし」
 浄蓮は心からそう言った。
 しばらく静寂が狭い洞内を満たした。降りしきる雨の音だけがやけに耳につく。
 洞窟の向こうは、あまりにも烈しい雨に白く霞んで全く視界がきかない。こうして準基と二人だけで狭い場所に閉じこもっていると、まるで今、この瞬間、自分たちだけが他の世界とは隔絶された遠い場所にいるような、非現実的な想いに囚われた。

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