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麗しの蓮の姫~炎のように愛して~【BL】

第5章 天上の苑(その)

 浄蓮はこの時、悟った。
 女将は端から、今夜、準基と自分を完全に引き離すつもりだった。
「女将、私は」
 準基が何か言いかけるのに、女将は深々と頭を下げた。
「どうか、このままお帰り下さいまし」
 これ以上、浄蓮を苦しめないでやって下さいまし。
 無言の願いは、確かに準基の心にも届いたのだ。
 準基は何かに耐えるような表情で女将を、次いで浄蓮を見た。
 まるで親にはぐれた幼子のように傷ついた孤独な瞳が浄蓮を哀しげに見つめていた。
 浄蓮もまた、黙って準基を見つめ返した。
 準基が見世の前に繋いでいた馬に跨った。人通りの多い往来を、ゆっくりと馬を歩かせてゆく。
 浄蓮はこのまま追いかけていって、叫びたかった。淋しげな背中を思いきり抱きしめて、訴えたかった。
 行かないで、ずっと私の傍にいて、と。
 でも、できない。
 準基のためにも、きっと、これが最善の道なのだ。女将の言うように、後でお互い酷く傷ついて、生涯消えない傷痕を残す前に、別れるのが良い。
 浄蓮が本物の少女なら、まだ良かった。
 たとえ、どんなに進む道が険しくとも、準基と二人で手を取り合い乗り越えることもできたはずだ。だが、浄蓮は紛いものの女。真実が知れた時、準基はどれだけ傷つき、騙されたと憤るだろう。
 女将はそこまで考えて、二人を早いうちに別れさせる気になったに違いない。
 今なら、浄蓮は準基にとって、〝少女浄蓮〟のまま、その記憶に残ることができる。
 それが、今の浄蓮には、たった一つの慰めであった。

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