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麗しの蓮の姫~炎のように愛して~【BL】

第5章 天上の苑(その)

 遠くなってゆく白馬を見つめていた瞳に涙が溢れ出し、視界がかすんだ。
 慌ててまたたきで涙を散らして眼を凝らしたときには、既に白馬は完全に見えなくなっていた。 
 と、いきなり強い力で抱き寄せられ、浄蓮は眼を見開いた。
「お、女将さん?」
「心配をかけて、この娘(こ)は」
 信じられないことに、女将は浄蓮を抱きしめて泣いていた。
 その時、浄蓮は、女将が足袋(ポソン)だけで靴を履いていないことに今更ながらに気づいた。
 もしかしたら、心配して待っていたところに、自分が帰ってきて、慌てて飛び出てきた?
 浄蓮の想いを見透かすかのように、明月が傍らで囁いた。
「お義母さんってば、もう傍で見てられないほど心配してたのよ。人攫いにでも連れてかれたんじゃないかって大騒ぎしたんだから。まさか、あたしも任家の若さまと一緒だとは思ってもみなかったんだけどねえ。浄蓮、お義母さんの本当の気持ちが判ったでしょ。お義母さんは、あんたの名誉を守るために、一世一代の大芝居をわざと人通りの多い往来で打ったのよ。若さまがあんたを奥方にするとまで言ったお陰で、あんたはとりあえず、一応の体面は保てたし、うちの見世にもいられるわ。お義母さんが咄嗟の機転を利かしてくれたことに、感謝するのよ、良いわね?」
 最後はいかにも姉さんらしく言い、明月は物珍しげに好奇心丸出しで事の次第を見物していた野次馬たちにも怒鳴った。
「ちょっと、これは見せ物ではないんだから。さあ、行った、行った」
 それまで輪になっていた人だかりが三々五々、散ってゆく。
 その中のまだ三十前後と見える眉目良い若い商人風の男を捕まえ、明月はとびきり上等の笑顔を振りまいた。
「旦那(ナー)さま(リ)、今夜のお相手がまだ見つからないなら、私ではいかが?」

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