テキストサイズ

麗しの蓮の姫~炎のように愛して~【BL】

第3章 孤独な貴公子

孤独な貴公子

 浄蓮は溜息を一つ、つく。
 物想いに耽っていると、つい手の方がおろそかになる。手が滑り、全く見当違いの音を出してしまった。
「浄蓮、一体、どうしたというんだい? 今日はもうこれで何度目の失敗だ?」
 女将の鋭い声が即座に飛んできて、浄蓮は現実に引き戻された。
「申し訳ありません、女将さん」
 まだ妓生見習いではない浄蓮は、女将を〝お義母さん〟とは呼ばない。
「もう一度、最初からやり直しますので」
 伽倻琴をつまびき始めた途端、女将が難しげな顔で首を振った。
「もう良いよ。今日はこれでおしまいだ」
「そんなことをおしゃらないで、もう一度だけ、お願いします! 今度は失敗しないように頑張りますから」
 懸命に言っても、女将は首を振るばかりだ。
「どうも、今日のお前は他所(よそ)事(ごと)を考えてばかりいたようだ。―男かえ?」
 一瞬の沈黙の後、突如として投げかけられた疑問に、浄蓮は眼を見開いた。
「男? 女将さん、私には何がおっしゃりたいのか―」
 女将が鼻で嗤った。
「このあたしを騙そうなんて、お前、十年早いよ。だてに妓房の女将なんてやってるわけじゃない。その純情そうな顔でまんまと騙されるのは、世間知らずの両班の坊ちゃんくらいさ。お前が任家の若さまと随分長い間話し込んでたって、明月(ミヨンオル)が昨日、話してたねえ」
 女将は何食わぬ顔で言うと、浄蓮の反応を確かめるようにじいっと見つめてきた。
 あのお喋り女め!
 浄蓮は心で思い浮かぶ限りの悪態をついてやった。明月とは、この翠月楼一の稼ぎ頭、かつて生意気な口を利いたと、ただそれだれの理由で幼い下男を馴染みの旦那に言いつけて用心棒たちに滅多打ちにさせた女であった。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ