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麗しの蓮の姫~炎のように愛して~【BL】

第3章 孤独な貴公子

 やや強さを増した昼の光が障子窓を通して差し込み、床に窓の格子模様を描いている。庭の樹の影が窓越しに映り、風が吹く度にゆらゆらと揺れていた。何の鳥かは知らねど、小鳥が遊びにきたようだ。枝に止まった影がくっきりと障子に映じて、幼い頃に見た影絵を思い起こさせる。
 任準基は眼を細めて、光の織りなす影絵にいっとき見入った。昔は良かった。
 兄もまだ元気で、今のようにずっと寝たきりではなく、準基は口煩い母の眼を掠めて、兄と二人で度々、漢陽の町に出かけたものだ。
 兄と二人で瞳を輝かせて観た影絵は、あれは確か町の四ツ辻で年老いた老爺がやっていたのではなかったか。両班の子弟のなりをした二人は庶民の多い町中ではかなり目立ったが、二人はそんなことには頓着せず、いつまでも影絵芝居に熱中したものだ。
 準基はふと、兄の整った面に、眩しい陽光が当たっているのに気づいた。慌てて読みかけの書物を持ったまま立ち上がり、座る位置を変える。自分の身体で陽光を遮ったのだ。
 もう一度、読書に戻ろうと本を開いたその時、眠っている兄の睫(まつげ)が細かく震えた。
「準基、来ていたのか」
 準基は今度は本を閉じ、兄に眼を向けた。
「済みません、起こしてしまいましたか?」
「いや、かえって良かった。昼間にあまり眠ってばかりいては、夜に眼が冴えてしまう」
 兄はそう言い、やがて苦笑めいた笑みを浮かべた。
「まるで今にも死にそうな老人の科白みたいだな」
 準基も破顔した。
「何を仰せになりますか。兄上は漸く三十になられたばかりのお若さです。老人と呼ばれるお歳になるまでには、気の遠くなるような年月が必要ですよ?」
「そうだね。だが、三十になっても、私はこの家の厄介者でしかない。任官できないどころか、この歳で妻も娶らず、長男に課せられた跡取りを残すという使命すら果たせぬ」

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