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麗しの蓮の姫~炎のように愛して~【BL】

第3章 孤独な貴公子

 やや自嘲気味に言う兄に、準基は真剣な面持ちで首を振る。
「直にすべてがうまくゆくようになります。医者も刻を要しても、兄上は養生すれば再び以前の暮らしに戻れるようになると申しておるのです。今は医者の言葉を信じて、養生専一になさりませ」
「そうだな。何事も焦りは禁物というからね」
 準基はさりげなく話題を変えた。
「ところで、よく眠っておられたようですね」
「うん、夢を見ていたよ」
「夢―でございますか?」
 兄が頷く。準基は身を乗り出した。
「どのような夢でございましたか?」
 兄が記憶の糸を手繰り寄せるように眼を閉じる。
「子どもの頃の夢だ」
「と、申しますと?」
「ほら、そなたと私、二人でよく屋敷を抜け出して町に遊びにいっただろう? あの頃を夢に見たんだよ。そう、私は十二、三で、そなたは六つくらいだ。私がそなたの手を引いて、影絵芝居を熱心に観たことがあった」
 準基は眼を見開いた。
「奇遇ですね。実を申しますと、私も今、あの頃のことを思い出していたのです。ほら、あの窓に庭の樹と鳥の影が映って、丁度、影絵のように見えたものですから」
 準基が指した方に兄が顔を向けた時、既に枝に止まっていた鳥の姿はなかった。
「鳥は―いないようだ」
 何故か兄の口調がひどく淋しげに聞こえ、準基は作り笑いを浮かべた。
「また、次の場所を求めて、いずこかへ飛び立ったのでしょう」
「そなたの言うとおりだろう。時も人も、すべてがうつろい、流れてゆく。この世に変わらぬものなど何一つない。なのに、私は一日中、こうして寝たきりで天井を見ているだけだ。何もなさず、変わり映えもせず、死がやって来るのを待つだけの身だ」
 兄の言葉は先刻と異なり、淡々としたものであった。かえって、準基はその響きに深い諦観を感じ、胸を衝かれた。

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