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麗しの蓮の姫~炎のように愛して~【BL】

第3章 孤独な貴公子

 この頃、母は兄を心底から憎んでいるのではないか。ふと、そう思うようになった。
 最も母を嫌悪する出来事は、準基が十二歳の冬に見た光景だ。ある夜、厠にゆこうと起き出した準基は見てはならぬものを見てしまった。
 そこは、普段から使用人しか使わぬ井戸があるだけの裏庭だった。簡素な祭壇を拵えて、白装束の母が一心に祈りを捧げていた。
 月もない闇夜、祭壇に並んだ無数の蝋燭が母の鬼気迫った形相を照らし出し、あたかも冥界からさまよい出た幽鬼のように見えた。
 翌朝、あそこで何をしていたのかと訊ねた準基に、母は優しい笑みで応えた。
―ミンソンの病が治るようにと天地神明(チヨンチシンミヨン)にお願いしていたのよ。
 しかし、準基はそんなことを真に受けはしなかった。母は明らかに嘘をついている―。
 兄に対しては辛く当たるか、無視するか、そのどちらかでしかなった母が今更、兄の病平癒を祈願するはずがない。
―あれは、兄上を呪い殺すための祈祷だったのだ。
 準基は、はっきり悟った。
 母は以前から、任家の家督を準基に継がせて欲しいと父に頼んでいた。が、幾ら母には甘い父でも、長幼の順は変えられぬと母の願いは届かなかったのだ。
 もし兄が早世すれば、任家は次男の準基が継ぐことになる。母が誰よりも兄の死を願っていたとしても不思議ではない。
 あの母の世にもおぞましい一面を見てしまってから十一年を経た現在、兄は寝たきりになってしまった。流石に父も長男ではなく、次男である準基に家督を継がせる気になったものの、当時はまだ、兄は烈しい運動さえ控えれば、殆ど普通に暮らしていたのだ。
 その意味では、母のあの呪わしい祈りは聞き届けられたといえるかもしれない。今でも、兄の病状がここまで悪化したのは、母のあまりにも深い怨念が原因かもしれないと本気で考えているほどだった。

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