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天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~

第8章 哀しい別離

 清冶郞の哀しみも怒りも当然のことだ。想い人である八重と父が自分の知らぬ間に秘密の時間を共有し、互いに想い合っていることを清冶郞は敏感に察知していた。
 しかも、八重と父が抱き合って、口づけするところまで見たのだとしたら、清冶郞が八重を許せないと思うのも無理のないことだろう。
 責めは、すべて八重にある。やはり、もっと早くに自分の口からきちんと清冶郞に話しておくべきであった。自分はやはり嘉亨を好きなのだということ、だから、清冶郞の想いは受け取れないのだと言葉を尽くせば良かったのだ。清冶郞がそれを理解し納得するかは別として、八重にはちゃんと話しておく責任と義務があった。少なくとも、包み隠さず話すことは、清冶郞の想いに誠実に真摯に向き合うことでもあったはず。
 なのに、八重はそうしなかった。
 こうなってしまったのも、我が身の浅はかさにあった。
 間の悪いことに、清冶郞が姿を消してからほどなく雨が降り始めた。その日は八重の心を写し取ったかのような鈍色の雲が低く江戸の町を覆っていた。
 この雨の中、清冶郞はどうして過ごしているのだろうか。
 嘉亨は直ちに屋敷中を探させたが、清冶郞は見つからない。屋敷の内だけではなく、庭園の方も手分けして探すことになった。
 八重は気が気でないまま過ごした。
 控えの間で清冶郞の無事を祈るような気持ちで過ごしてい最中、庭の方が俄に騒然となった。
 既に夕刻と呼んで差しつかえない刻限であったが、生憎の雨のためか、部屋の中は夜のように薄暗い。雨でなければ、この時間帯であれば、まだまだ十分に明るいはずだ。
 戸外や部屋の中の暗さが、余計に八重の不安をかきたてる。

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