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天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~

第8章 哀しい別離

 夢からめざめた時、八重は予感があった。
 震える手を清冶郞の口許に近付けた時、既に息遣いは感じられなかった。
 八重は存外に落ち着いていた。自分ではもっと取り乱すだろうと考えていたのだが、泣き喚きもせずに別室に詰めていた南部庄円を呼びにいった。
 清冶郞の死に顔は安らかで、到底三日も苦しんだ跡は見られなかったことがせめてもの救いであったかもしれない。
 木檜藩七代藩主木檜嘉亨の長男清冶郞は、こうして短い生涯を閉じた。行年、わずか八歳、〝露幻院清徳大童子〟と諡される。木檜藩の歴代藩主の諡号には〝徳〟の字が必ず入ることになっている。八歳でこの世を去った清冶郞の戒名にもこの字が入れられたのは、せめてもの餞(はなむけ)であったろうか。
 清冶郞の幼い生命を奪ったのは皮肉にも生まれ持った病ではなく、長時間雨に打たれたことから引いた風邪が悪化して肺炎に至ったせいであった。
 清冶郞の葬儀が終わった翌日、八重は清冶郞の居室にいた。春日井の命で遺品を整理することになったのだが、到底、その務めがまっとうできるとは思えなかった。清冶郞の部屋にいるだけで、清冶郞と過ごした様々な想い出が溢れ出てくるのだ。
 それでも、じっと座り込んで想い出にばかり浸っているわけにもゆかなくて、八重はのろのろと片付けを始めた。床の間の傍らの違い棚を見た時、八重はハッとした。
 小さな愛らしい手毬がポツンと忘れ去られたように置かれていたのだ。黒地に色とりどりの撫子模様がかがられている。八重が清冶郞と仲良くするきっかけを作ってくれた手毬だ。

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