テキストサイズ

天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~

第8章 哀しい別離

 だからといって、その言葉を真に受けて良いものかどうかとは思ったのだけれど、他に思い浮かぶ場所はなかった。追い返されたら、また、別の場所を探せば良い。何なら住み込みで働かせてくれる商家というのは、どうだろう。
 元々、八重は商家で生まれ育った身である。もっとも、奉公人にかしずかれるお嬢さまと使われる立場の女中では大違いではあろうが。御殿奉公は奥女中とはいっても、これまで着たこともないようなきらびやかな小袖を纏い、それなりの暮らしができたが、お店(たな)の女中は、そういうわけにはゆかない。粗末な着物を着て、朝から晩まで働きどおしである。
 それでも、他に行くところがないのなら、致し方ない。生きている限りは腹も減るし、食べ物を食べるためには、働かねばならないのだから。
 その点、八重は現実的というか、思考の切り替えは早い。内気で思ったことの半分も満足に言えない八重だが、立ち直りの早いのだけが長所かもしれなかった。
 裁縫の師匠おさんの家は町人町の一角にある。お智の実家からもさほど遠くはない。
 数部屋ある平屋で、女独りの暮らしにしては広いのではと思われるほどの仕舞屋だ。小さいながらも庭も付いていて、板塀の代わりに生け垣が周囲をぐるりと取り囲む様は、さながらどこか大店の寮(別荘)のような趣きを呈していて、
―なかなか乙粋な住まいだろ?
 と、おさんの自慢でもあった。
 普段出入りする客人は表口から入るよりは、裏口を利用することが多い。庭を巡った生け垣の中ほどに小さな柴折り戸が付いていて、そこから自由に出入りできるようになっているのだ。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ