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天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~

第8章 哀しい別離

 おさんの家に身を寄せて、十日が過ぎた。
 八重はおさんの仕事を少しずつ手伝うようになった。元々、弟子たちの中でも群を抜いたお針の腕を持っていた八重である。まだ年端のゆかぬ少女たちには、おさんではなく、八重が指導に当たるようになった。八重がおさんの好意に甘えて居続けるのを恐縮すると、おさんは〝大助かりさ、給金も払わないで、かえって申し訳ないくらいだよ〟と笑い飛ばした。
 そんなある日のこと。
 その日は、折しも裁縫教室の娘たちが来ることになっていた。八重の受け持ちは、十歳前後から十二、三歳までの比較的幼い娘たちである。それ以上の歳の娘たちは、おさんが直接指導に当たる。
 八重が丁度、少女たちに浴衣の縫い方を説明している最中に来客があったようだ。裏口ではなく表口からおとないを告げた客人であれば、あまり通い慣れた者ではないに違いない。
 座敷自体は広いため、自然に二つに分かれて八重とおさんがそれぞれの担当の少女たちに教えることになる。手の空いていたおさんが玄関まで様子を見にゆき、ほどなく戻ってきた。
「お弥栄ちゃん」
 弥栄というのは、八重の本名である。御殿奉公に当たって、弥栄よりは雅やかな感じのする八重の方が良いといわれ、改めたのだ。
 後ろから肩を叩かれ、八重は振り向いた。
「はい?」
「お客さん、―何だか、やたらと様子の良いお侍さんだよ。ここに八重と申す娘が厄介になっているはずだから、逢わせて欲しいって言ってるけど、どうする?」
「お師匠さん、申し訳ないけれど、その方には帰って頂いて貰えませんか。八重なんていう娘は、どこにもいないって」

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