
天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~
第8章 哀しい別離
「えっ、何でそんなこと言うのさ? そのお侍さんも随分と切羽詰まってる感じに見えたけど。折角わざわざ訪ねてきたんだ、逢うだけ逢っておやりよ」
それでも頑なに首を振る八重に、おさんは申し訳なさそうに言った。
「実は、もう、あんたがここにいるって、言っちまったんだよ。ね、逢うだけで良いから、逢いな。悪いことは言わないから」
そこまで師匠に言われては逆らえない。八重は不承不承、頷いた。
客がそも誰であるか、八重には容易に察しがついた。しかし、よくここが判ったものだ。誰にも露見せぬよう身を隠していたつもりであったが、所詮、一国の藩主がその気になって女一人を探し出そうと思えば、隠し通すことなぞできないものなのか。
そう思うと、嘉亨の手のひらで泳がされていたような気さえして、自嘲の笑みが浮かび上がる。
客人は客間に通されていた。十畳ほどの広さがある小座敷は真夏のこととて、障子はすべて開け放っていた。
濡れ縁越しに、小さな庭が見渡せる。おさん自らが丹精している自慢の庭だ。凌霄花(のうぜんかずら)が今を盛りと咲き誇っているのがちらりと見えた。朱色の花が真夏のぎらりとした陽差しを受け、鮮やかに照り映えている。
やはり、その人は、その場所にいた。上座に端座している。組んだ両手はきっちりと膝の上に乗っていた。
「八重」
いきなり名を呼ばれ、八重は眼を見開く。
「どうして何も言わずにいなくなったりしたのだ」
その声には幾分、咎めるような響きがある。
八重が黙り込んでいると、嘉亨は小さくかぶりを振った。
それでも頑なに首を振る八重に、おさんは申し訳なさそうに言った。
「実は、もう、あんたがここにいるって、言っちまったんだよ。ね、逢うだけで良いから、逢いな。悪いことは言わないから」
そこまで師匠に言われては逆らえない。八重は不承不承、頷いた。
客がそも誰であるか、八重には容易に察しがついた。しかし、よくここが判ったものだ。誰にも露見せぬよう身を隠していたつもりであったが、所詮、一国の藩主がその気になって女一人を探し出そうと思えば、隠し通すことなぞできないものなのか。
そう思うと、嘉亨の手のひらで泳がされていたような気さえして、自嘲の笑みが浮かび上がる。
客人は客間に通されていた。十畳ほどの広さがある小座敷は真夏のこととて、障子はすべて開け放っていた。
濡れ縁越しに、小さな庭が見渡せる。おさん自らが丹精している自慢の庭だ。凌霄花(のうぜんかずら)が今を盛りと咲き誇っているのがちらりと見えた。朱色の花が真夏のぎらりとした陽差しを受け、鮮やかに照り映えている。
やはり、その人は、その場所にいた。上座に端座している。組んだ両手はきっちりと膝の上に乗っていた。
「八重」
いきなり名を呼ばれ、八重は眼を見開く。
「どうして何も言わずにいなくなったりしたのだ」
その声には幾分、咎めるような響きがある。
八重が黙り込んでいると、嘉亨は小さくかぶりを振った。
