
天空(そら)に咲く花~あのひとに届くまで~
第8章 哀しい別離
「いや、今日は、このようなことを申しにきたわけではない。八重、私はそなたを迎えに参ったのだ。私と共に屋敷に戻ってくれ」
先刻よりは幾分やわらかい口調で言われてもなお、八重は沈黙を通した。
この男は今更、何をどうしようというのだろう。清冶郞のおらぬあそこに帰ったとて、八重にはもう何もなすすべもないというのに。上屋敷にいた頃には信じられないほど醒めた眼で嘉亨を見つめていることに、自分自身で愕いていた。
「若君さまの想い出が一杯のお屋敷に帰るのは、辛すぎます。庭の樹や花を見ても、若君さまがよくお遊びになっていた木馬を見ても、あの方のことを思い出してしまうのです」
八重が本音をありのままに述べると、嘉亨は八重を見つめて眼を細めた。
「清冶郞は幸せだな、そこまで思うてくれる者がいるとは」
「いいえ、私は清冶郞さまにって至らぬ従者でありました。私がもっとしっかりと致しておれば、若君さまがあのような御事になるのは―少なくとも最悪の事態だけは避け得たと思うのです」
八重は、ひたむきな眼で自分を見つめてくる男からそっと眼を逸らした。
庭では朱(あけ)の色をした花が群れ咲いている。
八重は、何故か昔から凌霄花の花があまり好きではなかった。どうしてと、理由を訊ねられても、さしたることは言えない。ただ、凌霄花の華やかだけれど、どこか崩れた退廃的な雰囲気が妍のある女のように思えてならないのだ。蔓を伸ばして、何かに纏い付き縋り付きながら、どこまででも成長してゆくのも、男にしなだれかかり、まとわりつく女の性(さが)をかいま見るようだった。
先刻よりは幾分やわらかい口調で言われてもなお、八重は沈黙を通した。
この男は今更、何をどうしようというのだろう。清冶郞のおらぬあそこに帰ったとて、八重にはもう何もなすすべもないというのに。上屋敷にいた頃には信じられないほど醒めた眼で嘉亨を見つめていることに、自分自身で愕いていた。
「若君さまの想い出が一杯のお屋敷に帰るのは、辛すぎます。庭の樹や花を見ても、若君さまがよくお遊びになっていた木馬を見ても、あの方のことを思い出してしまうのです」
八重が本音をありのままに述べると、嘉亨は八重を見つめて眼を細めた。
「清冶郞は幸せだな、そこまで思うてくれる者がいるとは」
「いいえ、私は清冶郞さまにって至らぬ従者でありました。私がもっとしっかりと致しておれば、若君さまがあのような御事になるのは―少なくとも最悪の事態だけは避け得たと思うのです」
八重は、ひたむきな眼で自分を見つめてくる男からそっと眼を逸らした。
庭では朱(あけ)の色をした花が群れ咲いている。
八重は、何故か昔から凌霄花の花があまり好きではなかった。どうしてと、理由を訊ねられても、さしたることは言えない。ただ、凌霄花の華やかだけれど、どこか崩れた退廃的な雰囲気が妍のある女のように思えてならないのだ。蔓を伸ばして、何かに纏い付き縋り付きながら、どこまででも成長してゆくのも、男にしなだれかかり、まとわりつく女の性(さが)をかいま見るようだった。
