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幾つになっても

第1章 変化の序章

あの子と出会ってから、もう二ヶ月かぁ…
お気に入りのソファーに寝転んだまま、和泉は深いため息をついた。
オフの時間は、寝転がった和泉の身体を
優しく包んでくれるような、硬すぎず柔らかすぎないソファーの上で、書類に目を通したり、読書をするのが和泉の日課となっている。和泉は、一番になるより常に二番に居られるように常々心掛けている。
何をするにおいても、その方がやり易い事を知っているからだ。
和泉は、自分のペースを乱されるのを極端に嫌う傾向がある。普段から、冷静沈着だと
言われる和泉の、まるで夏休みの過ごし方の予定表通りの毎日は、和泉のペースの基盤となっている。
和泉は、思春期と呼ばれる頃から恋というものをしたことが無い。それについて、和泉自身は何の不安もなかったし、和泉のペースを守るためという意味でも、恋は必要というより、むしろ不必要だった。
和泉には、家族は居ない。早くに両親を病気で亡くし、親戚の家で育ち社会人になると同時に、家を出るというよくあるパターンだ。
独り暮らしを始めてからは、和泉のペースは今まで一度も崩れることなく、30代後半をむかえていた。
珍しく予定表通りに起床出来なかった朝、和泉の携帯が静まり返った部屋に鳴り響く。
まだ夜が明けたばかりの、静かな朝には不釣り合いな不協和音といった所だなと、小さく溜め息混じりに携帯を手にした。
電話を耳から随分離しても、聞こえるほどの甲高い声が携帯から聞こえてきた。学生時代からの悪友であり、和泉が唯一心を許している友達だ。
電話からの声が、相手の興奮を手に取るように分かった和泉は、敢えて一際冷静な声で「朝から何の騒ぎかな?」
「和泉、前会ったあのほら、あの可愛い子を覚えてる?」
「話がよく分からないから、簡単でいいから何の事だか説明してくれる?」
「あのほら、あの子だよ!」
どうやら、会って話をした方が良さそうだな。「今夜時間ある?」
「えっ、うん大丈夫だよ。」
「じゃあ、8時に駅前通りの喫茶店で。」
「分かった。じゃあ、8時ね。」
言い終わると同時に、通話は途切れた。
再び訪れた静かな朝。
少し笑いながら、和泉は着なれたスーツに袖を通した。鏡の前で少し、髪をかきあげ高いピンヒールの靴を履き、家を後にした。
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