テキストサイズ

アルカナの抄 時の息吹

第2章 「塔」正位置

そこへ、最近よく聞く声が耳に飛び込んできた。

「あら。あんたも月が見たくて外に出たの?」
振り向かなくてもわかる。あの女だ。

「…なんで、こんな気分の時には必ず…おまえが現れるんだろうな」
ぼそりと呟く。聞こえるか聞こえないかぐらいの小さな声だった。俺の異変に気づいたのか、女は隣に来ると、俺の目をじっと見つめた。やがて視線をゆっくりと外す。

「…月って、万国共通なのよねえ」
女は月に目を移して言った。

「あたしが帰れたら…同じ月を向こうでも見るのかしら」
そう言った女は、どこか憂いを帯びており…少し色っぽく見えた。

帰る…か。そうか、こいつは元からここにいたわけじゃない。いつかは去るのだ。

「その時、あんたもここで…同じ月を見てるのかしらね」

しばらく月を見ていた。だが夜が更けていくにつれ空気は冷え込み、肌を突き刺すような寒さへと変わっていく。

「ううっ、寒い。もっと上に着てくればよかったかな」
女は体を丸めて腕をさする。

「…そろそろ戻るわね。おやすみ」
じゃあねと手を振り行こうとする女が、刹那、誰かの姿と重なった。とっさにその手をつかむ…。

「……ん?」
女は一瞬ビクリとし、振り向く。だが意外にも、抵抗したり咎めたりはせず、優しい言い方だった。

「あ、いや…」
ぼんやりと手を離す。つかんだ言い訳を少し考えたが、結局何も思いつかず、おやすみ、とだけ言った。

女は、おやすみともう一度言い、中へ入っていった。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ