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林道

第1章 其の一

カノンは黙々と狭い林道を歩き続けている。
時折、肩や足に小枝が掠める。
額には汗がにじんでいる。
心拍数が上がっている。
呼吸が少し荒い。
上り坂と下り坂の繰り返しだ。
尾根を越え、谷を渡る。

制服の短いスカートが歩くたびに、ふわふわと揺れる。
タカヤの前を歩くカノンの大腿部が見え隠れしている。
ポニーテールがひょこひょこ跳ねている。

タカヤとカノンは双子だ。
カノンが姉、タカヤが弟。
カノンは姉として、弟のタカヤをいつも守ってきた。
強気なカノン。
そしてタカヤはそんな姉といつも一緒にいた。
タカヤは弱いわけでも、のんびりしているわけでもなかった。
タカヤは弟として、立場をわきまえていただけだった。

振り返ることなくカノンは歩いていく。

「大丈夫だ」
タカヤは声を掛ける。
「わかってる。いつか森は抜けるわ」
カノンは呟く。

針葉樹の混じった雑木林。
樹冠は遥か上だ。
合間から今にも雨が振りそうな湿気った空がちらちらと見える。

タカヤは小学生のころは身長が低かった。
カノンよりも。
カノンは小柄だ。
小学4年生で身長は止まってしまった。
タカヤは中学校に入って急に身長が伸び出した。
あっという間にカノンを追い越してしまった。
高校生になった今では頭一つ分、タカヤの方が高い。

カノンとタカヤは些細なことから喧嘩になることはしょっちゅうだ。
「何見下ろしてんのよ?」
カノンは口を尖らせて怒っている。
タカヤは何も言わずに、カノンの顔の真似をする。
「もう」
タカヤの腹に軽くパンチしながら、いたずらなカノンの目が笑う。


タカヤが思い出に浸っている間にカノンはどんどん前に進んでいく。

木の幹や、張り出した根を掴んで体を引き上げ、険しい山道を登る。

カノンの足に弾かれて、シダ類の緑色の葉が揺れている。
水滴が飛んでいく。
イモリが苔むした石の上で首を傾げている。


静かだ。

この林道にはカノンの息づかいが聞こえるだけだ。

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