
Memory of Night2
第3章 名前
鞄を胸元に押しやられ、鮮やかな笑みで促されれば嫌とは言えなかった。
晃が鞄を受け取る。宵は手ぶらになった腕を頭の後ろで組み、どこかいたずらっぽい笑みを浮かべた。
でもその様子に、なんとなく気遣われているのかもとも思った。
晃は、夕日に映える宵の横顔を見つめた。
秀麗な美貌は相変わらずで、思わず見とれてしまうほど。
風に凪ぐ漆黒の髪は半年ほど前ばっさり切ってしまったものの、あの時以来いじっていない。それは、自分の為に伸ばせと言った晃の頼みを、宵が聞き入れてくれているからだ。
そんなふうに、自分の望みを叶えほぼ毎日同じベッドで夜を明かし、二人で同じ時間を共有していても、心の奥でくすぶる独占欲は消えなかった。
些細なことで燃え広がり、不安になるのだ。
その理由が、晃にはよくわからなかった。
ふいに宵が腕を下ろして晃を振り向いた。
思考に沈んでいた晃は我に返り、一度まばたきする。
「あと一つ」
呟いて、宵は足を止めた。
「……ん?」
「あと一つ、いいこと教えてやるよ」
「何?」
尋ねる晃に、宵は微笑を浮かべる。
そして、小さな秘密を洩らすように言った。
「はすみって名前……、母親の名前と一緒なんだ」
