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Memory of Night2

第3章 名前


「え?」

「……忘れてたっつーか、そんな名前で呼ぶやつなんていねーからさ。とっさに反応できなかった」


 宵の瞳は昔を懐かしむように細められたままだ。

 視線は前方の景色を捉えているけれど、灰色の瞳に映るのは違うものなのかもしれない。

 ふいに晃は、志穂に出会うより前の話を聞いてみたい衝動に駆られた。

 それより前の暮らしを知りたいと思った。

 けれども、宵にそれを話させれば、両親の死にも触れることになる。

 それは宵には辛いだろう。

 いくら恋人だと言ったって、人の過去にどこまで踏み込んでいいのかもわからなかった。

 それに、慌ただしかった日々が最近になってようやく落ち着き、平穏な時間を過ごせるようになったのに、わざわざ昔を持ち出す必要もない。


「晃」


 唐突に名前を呼ばれ、持っていた鞄を差し出された。


「……何?」

「これ、持てよ。バスケで俺に負けたんだから、罰ゲーム」

「……そういう勝負だったっけ?」


 あれはもともと宵の補習を免除する為の勝負だったはずだ。


「つべこべ言わずに。ほら」

「……わかったよ。持つよ」

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