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Memory of Night2

第2章 春


 ――なんだかとてつもなく甘い夢を見ていたような気がする。


「……きら。……おい、晃(あきら)っ」


 耳元で幾度も名前を呼ばれ、同時に体を揺すぶられ、それが晃を眠りの淵から現実へと引き戻させる。

 それでも自分を呼ぶ声と触れてくる手は心地良く、晃はなかなか目覚めることができないでいた。


「……たく、おまえ寝起き悪すぎ。いい加減にしねーと飯食う時間なくなるぞ」


 焦れたようなつぶやきが聞こえ、ふいに体を揺すっていた手が止まった。

 ベッドが激しく軋み、さっと音を立ててカーテンが勢いよく開く。


「……ん」


 瞼の奥が急に眩しくなった。

 晃は右腕で顔を覆いながら、薄く目を開けた。

 窓際に膝立ちし、朝日を背にして自分を見下ろす人影に、晃はあれ、と首を傾げてみせた。


「なんか、可愛い子がいる。お姉さん、今度俺とお茶しない?」

「……それは寝ぼけてんのか? それともただボケてんのか? お茶の前に飯食えっつってんだよ。無理矢理口に詰め込むぞ」


 乱暴に毛布を引き剥がされ、晃はのっそりと上体を起こした。

 朝日を全身で浴びながら、両手を上げて一度大きく伸びをする。

 そこでようやく、いつも通りの穏やかな笑みを浮かべた。

 もちろん、目の前の少年に向けてだ。


「――おはよ、宵(よい)。いい朝だね」

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