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庭師-ブラック・ガーデナー-

第2章 1

 私はやっぱり、逆上したり泣いたりすることもなく、「お邪魔しました」と間抜けなことをつぶやいてマンションを出た。
 すぐ後に、浩一から電話がかかってきた。彼はくどくど弁明した。同じ部署の女の子と付き合い始めたらしい。
いやぁ、そういうつもりじゃなかったんだけどー、向こうは最近フラれたばっかりみたいでー、俺も似たようなもんだしー、何度か一緒に食事して愚痴り合ってるうちになんとなく気が合っちゃって、みたいなー。
 学生みたいに語尾を伸ばした甘ったれた喋り方になるのは、浩一が取り乱した時の癖である。
 私は彼の話を途中で遮り、例の仕事、駄目になっちゃった、と告げた。彼は一瞬黙り込んだが、私に話を遮られるのは慣れっこになっているので、怒りもせずに私の話に耳を傾けた。
 私は、小野塚さんから言われたことをそのまま再現した。彼は、つい数分前まで別れ話をしていたことなんて忘れたみたいに(実際、忘れてたんだろう。私は浩一のそういうところが好きだった)怒り出した。バカ丸出しの喋り方は影をひそめ、きりっとした、男らしいと言っていいような口調で私のために憤慨した。
 そんなの契約違反じゃないか、と彼は言ったが、私は苦笑した。契約書なんて、交わしていなかった。いずれ、本の出版が確定すればそういう段取りになったのかも知れないが、私はその階段に至る前に切られてしまったのだ。出版界というところは、口約束で仕事を依頼したり引き受けたりということが当たり前のように行われている。実績のないフリーライターの扱いなんて、こんなものだ。実力がないから、切られた。どこにも文句のもっていきようがない。
 私の愚痴は短く終わり、その後また別れ話に戻った。これも短かった。なんだか気が抜けてしまって、浩一を引き止めたり、なじったりする気になれなかったのだ。
 思い出してみると、私たちが付き合い始めた時の状況も今と似ていた。私は同時付き合っていた大学の先輩とうまくいかなくなっていて、サークルの友人だった浩一に相談を持ちかけたのだ。一緒に飲みに行ってなんとなくずるずると彼のアパートに泊まってしまって、なし崩しに付き合い始めたのだった。

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