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庭師-ブラック・ガーデナー-

第2章 1

 未来に希望が持てなくて、茫然自失していた。仕事では挫折し、結婚に逃げ込む目論見も消えて、これからどうやって生きていけばいいのか、不安でたまらなかったのだ。いざとなったら田舎の両親のもとへ帰り、父の看護をしながら見合い結婚の相手を探すという選択肢もあったが、それは自分にとって幸せな人生とは思えなかった。
 これから毎月、十万六千円の家賃を払い続けていけるだろうか?十年後、二十年後に、住む場所があるんだろうか?
 その不安が、私をマンション広告に引きつけたのだと思う。私はそれまで、不動産を買うのはお金に余裕がある人、将来の見通しがしっかりした人だと思っていた。でも、そうじゃない。将来に希望がもてない人間こそ、居場所を確保したくなるのだ。
 私は本屋へ行き、マンション購入の手続き書を三冊ほど買ってきた。どの本も、今がマンションの「買い時」であり、特に若い女性にとっては決断する「チャンス」であると強調していた。
 今まで不動産に関してまったく無知だった私にも、おぼろげながらわかってきた。定期収入のない私にも、今なら買える。
逆に、マンション価格も金利も下がっている今を逃してしまうと、もう二度と居場所が手に入らないかもしれない。
 貯金は多少あったし、親からの援助も期待できる。二千万円台ぐらいのマンションなら、私にも手が届きそうだ。
 私は物件を探し始めた。これまで気に留めていなかったが、注意して見てみると、街には分譲マンションの広告が溢れ返っていた。近所にも新築マンションが建ったばかりだったし、現在工事中のところもあった。私は何件もの物件を見て回った。母に電話して、マンションを買う気になったことを伝えた。
 母は驚いた声で「堀田君はどうするのよ」と訪ねた。堀田君というのは、浩一のことだ。以前、母が上京した時に紹介したことがあり、母は彼を気に入っていた。私が結婚するのを期待していたに違いない。
 別れたことを話すと、母は一度軽いため息をついたが、それ以上は何も言わなかった。そして、「マンションは今が買い時だから、いい考えかもね」と言った。母は多く語らなかったが、結婚するつもりだった相手を不意に失ってしまった私の不安を感じ取っているようだった。

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