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庭師-ブラック・ガーデナー-

第2章 1

幸い、どこも人手不足らしく、なんとか以前のペースで仕事が入ってきそうだった。
 毎月の返済は、これまでの家賃とほぼ同じ、十万円程度。順調に仕事が入っていれば、大して無理もせず生活していけるはずだ。
 私は、しばらくサボってしまった分を取り戻すべく、仕事に励んだ。ローンの返済という目標ができたため……と前向きに自分に言い聞かせたが、内心ではわかっていた。仕事量を増やした理由は、ローンのためだけではなかった。
 締め切りに追われている間だけは、将来への不安や浩一への未練を忘れることができる。私には、逃避の場所が必要だったのだ。苦痛だったルーティン・ワークが今は慰めだった。書きたいことも、夢も意欲も、何もなくなっていた。


        ☆


 新居で迎えた最初の朝は、珍しく七時ごろ目が覚めた。まだカーテンをつけておらず、窓から射しこむ光がまぶしかったせいだ。
 東南向きにベランダがあり、日当たりが良い。それが、このマンションを気に入った理由の一つだった。
 窓を開けて、大きく伸びをした。雲一つない快晴。新生活の始まりとしては、申し分のない朝だ。部屋の中はまだ戦場みたいにとり散らかったままだが、気分はすっきりしていた。
 パンと卵を焼いて、コーヒーを淹れる。洗濯機を回して、掃除機をかける。鼻歌まじりにダンボール箱の整理を始めたところで、インターフォンが鳴った。
 宅配便だった。引っ越し祝いの観葉植物が届いたのだ。贈り主は、例の編集者の小野塚さんだった。押し花のカードが添えてあった。
 「お引っ越しおめでとう!せんだってはご迷惑かけてごめんなさい。また一緒に仕事できると嬉しいです」
 なーんて調子のいいことを。私は笑ってカードをはじいたが、小野塚さんが一応私のことを気にかけてくれているのはわかった。
 しかし……贈られたものが悪い。自慢ではないが、私は植物を育てるのが大の苦手だ。最初のうちはこまめに水をやったりするのだが、三日もたつと忘れて、ほったらかしてしまう。気がついたら、サボテンすら枯れている。
 届いたのは、青々としたパキラの鉢植えだった。一メートルぐらいの高さがあって、なかなか立派なものだ。割合育てやすい植物らしいが、私にはたぶん無理だ。

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