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庭師-ブラック・ガーデナー-

第2章 1

編集部にいると、時々おかしな電話がかかってくる。「作家の○○先生を出せ」という電波系学生からの電話。作家は編集部にはいないんです、出版社に出勤してるわけじゃないんですと説明しても、なかなか納得してくれなかった。あるいは、「雑誌で見た店に行ったけど、全然良くなかった」という苦情もあった。詳しく聞いてみると、そのおばちゃんが読んだ雑誌は別の出版社から発行されているものだったのだが、それを言っても「言い訳するんじゃないわよ」の一点張りで、しまいには「訴えてやる」という金切り声で電話が切られた。
 浩一に話したら、まさかと笑われた。でも、作り話じゃないのだ。世の中には、出版の仕組みなんて全然知らない、興味もない、作家はみんな出版社の社員で、雑誌は全部同じ場所で作られていると思っている人が、案外いる。そんな人たちに、「フリーライターとは」なんて、どう説明したらいいんだろう。
 あれこれ聞かれるのが面倒なので、私はいつのまにか職業詐称の悪習を身につけてしまった。自分から進んで嘘をつくわけではないのだが、「出版社にお勤めなんですね」と聞かれたら「はあ」と答えるし、「作家さん?」と聞かれても「はあ」と答える。どちらも正解ではないが、まあ、知らない人にとっては、編集者もライターも作家も、大した違いじゃない。
 フリーライターと言っても、ピンからキリまである。自分の名前で連載コラムを持ってたり、本を出したりできるような人がピンで、私なんかはずーっと下のキリだ。
毎度毎度、苛酷な締め切りに追われながら「人気のエスニック料理店特集」とか「この春話題の化粧品特集」とかに記事を書く。もちろん、無記名だ。複数の雑誌で仕事をしているので、コンピューターゲーム情報でも芸能人の離婚でも、何でも書く。自分の文体なんてものはない。雑誌に合わせて何通りか使い分ける。
 好きで飛び込んだ世界だった。正直言うと、出版社の試験に全部落ちた挙げ句、細かいコネをたどってありついた仕事だった。本を読むのも、文章を書くのも昔から好きで、出版に関わる仕事につきたいと漠然と思っていたのだ。出版と名のつく世界に身をおけるなら、ライターでも編集者でも校正者でも何でも構わなかった。

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