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undecided

第2章 ポルカ

 やっと優斗がしゃべれるくらいになると、女の子は「何が悲しかったのですか」と尋ねました。

「別に何も悲しくはありません。ただ、あなたのピアノの音を聞いていたら、涙があふれ出したんです」

 女の子ははっと息をのみました。その手がわずかに震えるのを、たしかに優斗は感じました。

「そう、ですか。私は、人というものは、悲しい気持ちになったら涙を流すものなのかとばかり、思っていました」

 女の子の言い方に、何か引っ掛かるものを優斗は感じました。女の子はそんな優斗の意図をくみ取ったようで、「私には、泣くことさえ許されていないのです」と言いました。

 今度は優斗が息をのむ番でした。そして女の子の目の不自由なことを思い出して、またも申しわけない気持ちになりました。

「ごめんなさい。もう、泣きません」

 自分が泣いていることが、なんだかとても悪いことに思えてきたのです。

「どうして謝るのですか」

 昨日も同じことを女の子に聞かれたのを、優斗は思い出しました。そしてなんとか答えようとして、「あなたのピアノの練習を、邪魔してしまいました」と言いました。

「別に、そんなことはこれっぽっちも気にしていません」

 女の子がそう言ってくれたので、優斗は少しだけ気が楽になりました。女の子は重ねたままだった手をそっと離して、「いつから聞いていたのですか? 今日はドアの開く音に、まったく気がつきませんでした」と尋ねました。

 優斗は返事に困りましたが、「ごめんなさい、最初から音楽室の中にいたんです」と正直に言いました。

 それから自分が、またごめんなさいと言ったことに気がつき、慌てて口元を押えました。

「私がきた時すぐに、声をかけてくれればよかったのに」

「ごめんなさい、待っている間に寝てしまって、あなたのピアノの音で目を覚ましたんです」

 どうも、優斗は話す前にごめんなさいとそえなければならないたちのようでした。

「どうして」

 女の子の声は、少し震えていました。

「どうして、きたのですか」

 優斗は面食らってしまい、何も言えなくなりました。優斗が黙っているので、女の子はさらに続けました。

「あなたは私のピアノを聴きにきたのですか? それとも私と話をしにきたのですか?」

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