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第2章 ポルカ

「ただ、それだけです。ポルカという人物についてのお話は」

 女の子がすっと立ち上がるのがわかりました。

「優斗さん。時計が見えないのに、私がどうやって時間を確認しているのかわかりますか?」

 女の子に言われて、優斗は首を傾げました。誰かに教えてもらうのでしょうか。

『ただいま、九時四十二分、九時四十二分』

 急に甲高い女の人の声が、前の方から聞こえました。

「これは時刻を朗読してくれる腕時計です。雑音に声がかき消されてしまう時や、音を出せないようなところにいる場合は、針を直接触って時刻を確認します」

 よく考えて作られているものだなぁと、優斗は感心しました。

「さ、もうこんな時間です。帰りましょう」

 そうして女の子は、ゆっくりと歩いて部屋を出て行きました。優斗は置いていかれないように、すぐにあとを追います。昨日と同じように、ふたりは横に並んで、一緒に廊下を歩きました。ですが校門で別れる間際まで、ふたりの間に会話は一切交わされませんでした。

「優斗さん」

 月明かりに照らされた女の子は、やっぱり目を閉じていて、まるで精巧に作られた西洋人形のようでした。

「また、音楽室にきてくれますか?」

 優斗は答えました。

「はい」

「でも私は、もうこの学校にはこないつもりです」

「えっ」

 優斗はまるで、時間が止まってしまったように感じました。女の子がさり気なく言った一言は、優斗の胸をがつんとうがったのでした。

「またいつか、機会があれば」

 女の子は優斗にくるりと背を向けて、早足で歩いていってしまいました。優斗はその背中か見えなくなるまで、ぼんやりと眺めていました。目が見えないのに大丈夫なのかなぁと心配でしたが、むしろ女の子の足どりは、優斗のものよりもしっかりとしているほどでした。

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