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undecided

第1章 レグルージュのもとに

 それにしてもどういうわけでしょうか。女の子はまぶたをぴったりと閉じていたのです。

「どうして目を、閉じているんですか?」

 深く考えずに、優斗は言いました。女の子ははっと息をのみ込み、「明かりがついたのですね」となかばかすれた声で言いました。優斗は女の子が今になって明かりがついたことを意識したことに、違和感を覚えました。

「実は私、生まれた時から目が見えないのです」

 女の子がそう言ったので、今度は優斗が呼吸を忘れることになりました。そしてなんだか急に謝らなくちゃいけない気がして、「ごめんなさい」と言いました。

「どうして謝るのですか」

 女の子が言いましたが、優斗は何も答えられませんでした。しばしの間をはさんで、女の子はゆっくりと立ち上がりました。

「今日はもう、おしまいにします」

 女の子は何も見えていないはずなのに、優斗のわきをそっと通り抜けて、部屋を出ていきました。
女の子の的確な足取りにしばらくぼうっとしていた優斗ですが、はっとしてすぐにその後を追いました。玄関に向かおうとすると、黒い影が廊下の右端を歩いているのが見えました。優斗は何も言わず、そっとその左隣に並びました。やはり女の子ほうが、優斗よりもほんの少し身長が勝っていました。

「優斗さん」

 女の子は優斗が隣に並んだことがわかったみたいで、名前を呼びました。

「はい」

優斗は返事をしました。

「わかっていると思いますが、私はこの学校の生徒ではありません」

「はい」

 もちろん優斗には女の子が他校の生徒であることを知っていました。女の子が着ていた紺色の制服は、優斗の通う学校で指定されているものではないのですから。

「家のピアノが壊れてしまったので、数週間前からこの学校に秘密で忍びこんでいるのです。隣町に視覚障害の人のための学校があって、私はそこに通っているのですが、残念ながらその学校にはピアノがないのです」

「はい」

 そこでふたりの会話が途切れてしまい、後は無言で歩きました。優斗は何か話題がないかと探しましたが、結局玄関を出ても何にも言えませんでした。そこまで広くない校庭を歩いていくのが、優斗にはどうしてかとても長く思えました。

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