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紫陽花(オルテンシア)~檻の中の花嫁~

第3章 炎と情熱の章③

 どれくらい経ったのだろう、視線に気付いて顔を上げると、ガラスのテーブルを挟んで向かい側に座った男が物言いたげに自分を見ていた。
「やっぱり退屈かな、俺といると」
 投げやりにも聞こえる言葉を口にした晃司の表情は、どことなく淋しげに見える。
 美月が何も言えないでいると、晃司が自嘲気味に笑う。
「さっきから俺が何を話しかけても、まるで上の空で、ろくに聞いてないだろ?」
「―ご、ごめんなさい。私、そんなつもりじゃ」
 この男は最初から嫌いだけれど、それとこれとは別だ。素直な美月は晃司の言葉に対して、申し訳ないことをしてしまったと反省した。
「良いさ、元々、俺が無理に誘ったんだし」
 晃司がまた、投げやりに言う。美月が言葉を探していると、彼は口をつけたティーカップをソーサーの上に静かに置いた。カチリ、と陶器の合わさる小さな音がする。
「ごめんなさい―」
 返事は、力なく床に向かって零れてゆく。
 それは返事ならぬ詫びの言葉であった。
 美月は、これでもう幾度めになるかしれない後悔の念をひしひしと味わった。
―来なければ良かった。
 心からそう思う。
 やはり、自分は来るべきではなかったのだ。
 マンションで海に行こうと誘われた時、何も言えなかった。一旦は断るつもりだったのに、晃司があまりにも落胆したようなのを見て、つい承諾してしまったのだ―。
「だから、もう謝るなって」
 声を荒げることなどない男が珍しく怒鳴った。
 美月はそのあまりの剣幕に身を縮めた。
―もう、帰りたい。
 早くこの男の傍から離れたかった。一刻も早く一人になりたい。美月がうつむいて、そんな想いに浸っていると、その心を見透かしたかのように、晃司が立ち上がる。
 初老のマスターが一人、新聞を読みながら店番をしている小さな海辺の喫茶店にはその時、ユーミンの〝ダンデライオン〟が流れていた。ユーミンが好きなのか、店内にいる間中、ウォリュームを落としてB.G.M.として流れていたのは全部ユーミンの曲だった。

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