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紫陽花(オルテンシア)~檻の中の花嫁~

第3章 炎と情熱の章③

 思いの外、優しい労りを見せられ、美月はまた、晃司に対して申し訳なくなる。手渡された缶コーヒーは、ほのかな温もりを持っていて、手のひらに心地良く温かさが伝わってくる。
 晃司が気を遣ってくれたのか、既に蓋は開いており、いつでも飲めるようになっていた。
 小さな声で礼を言って、ひと口含んだ瞬間、ほのかな苦みが口中にひろがり、不審を憶えた。だが、砂糖なしのコーヒーであれば、こんな味がするのかもしれない。
 本当は優しい人なのかもしれないのに、どうしても心から打ち解けられず身構えてしまう自分がとんでもない冷たい女に思えてきて、情けなくなった。
 そんな想いを振り切るかのように、缶コーヒーを続けて飲む。ほどよい温もりが喉をすべり落ち、疲れた身体中にじんわりとひろがってゆく。
 ほどなく美月は深い眠りに落ちていった。
 眠ってしまった美月を晃司はちらりと見て、満足げに頷いた。その整った面に冷酷な悪魔のような微笑が浮かび上がっている。晃司は冷ややかな微笑みを刻んだまま、アクセルを踏み込み、車はUターンし、すべるように反対方向に向かって走り出した。
 それは、美月の暮らすマンションのあるK町とは全く別の方角だった―。

☆♯04 SceneⅣ(情炎~JOUEN~)☆

 美月はまた、あの夢を見ていた。黒くて大きな、途方もなく大きな怪物に追いかけられる夢だ。
―ああ、いやっ。助けて!!
 懸命に逃れようとしても、いつも結局、化け物に呑み込まれてしまう。美月は怯え、もがいた。
―助けて、呑み込まれる―。
 叫ぼうとしても、声にならない。そこで、ハッとめざめた。意識がゆっくりと水底から浮上してくるような感覚があって、次第に頭が冴えてくる。
 美月は、ゆっくりと周囲を見回し、たちまちにして蒼褪めた。既に車窓の向こうの光景は菫色の中に沈み込んでいる。まだ眼が暗さに慣れていないため、しかとは判じ得ないけれど、何かが違う。第一、外がこの暗さだということは既に陽暮れ時を過ぎていることを示している。

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