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紫陽花(オルテンシア)~檻の中の花嫁~

第3章 炎と情熱の章③

 美月は唇を痛いほど噛みしめた。うなだれたまま、まるで連行される罪人のように男の後に従った。
 目指す宿には直に着いた。車を停めたその場所は既に駐車スペースになっていたらしく、宿の建物まではそのまま歩いて五分ほどの距離であった。
 外観はいかにも鄙びた温泉宿といった風情で、二人が紺絣の着物のお仕着せを着た仲居に案内されたのは、本館とは庭を隔てて建つ別館の一隅であった。
 外見は古そうに見えるが、内装は最近やりかえたと見え、モダンでなかなか瀟洒な造りになっている。数部屋並んでいる別館はすべて洋室になっており、部屋数の多い本館の方が全和室という趣向らしい。
 果たして他に宿泊客はいるのかどうか、二人が案内された別館は建物全体が水を打ったように静まり返っており、不気味なほどの静謐さである。
 最奥の二間続きの部屋に落ち着くと、晃司が冷酷とも思える声音で命じた。
「風呂に入りなさい」
 美月が躊躇いを見せると、晃司は更に容赦ない声で叫んだ。
「入れと言ったら、入るんだ」
 美月はその身も凍らせるような男の冷えた声と表情に我知らず身を震わせる。まさか一泊するなんて考えてもいなかったから、化粧ポーチさえ持っていない。
 滲んだ涙を慌ててまばたきで散らし、美月は部屋から逃れるように出た。浴場は庭の中にあると仲居から説明を聞いた。本館と別館を隔てる日本庭園の一角に露天風呂があるらしい。
 行ってみると、露天風呂とはいっても、ちゃんと独立した建物になっており、周囲が全面ガラス張りになっている。要するに、外からは内が見えず、内からは逆に外の景色―庭園を眺めながら入浴できるような仕組みなのだ。
 こういう状況でなければ、このような露天風呂もなかなか野趣に富んでいて興味深いのかもしれないけれど、あの男と同じ部屋で寝まなければならないというこの時、到底、心から愉しんだり寛げるものではない。
 美月は脱衣場で服を脱ぎ、備え置きの籠にきちんと畳んでしまった。引き戸を開けて、そろそろと内側に入る。籠の中に真新しいタオルが用意されていたので、それで身体を覆った。

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