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イキシア

第2章 第一章




ギボウシの不安は至極当たり前のものだ。
もしもイキシアが人間に捕らえられ、そのせいで人魚やこの国の存在が明るみになれば、もはや暗海といえど安心はできない。
人魚族は今まで以上に人間を恐れ、光海を避け、息を潜めるように細々と暮らしていかなければならなくなる。

仮にも人魚族の王子である彼が、勝手にそんなハイリスクな行動に出れば、国民の不安までいたずらに煽るだろう。
それはそのまま、王族への信頼や支持にも直結するのだ。
次期国王としてのイキシアの行動は、とても褒められたものでないことは明らかであった。

けれど、カトレアには分かる。
この世に生を受けた時からずっと、自分たちは厳しい掟やしきたりに縛られてきた。
狭い国の、狭い狭い王宮の中で十数年。

人魚族は代々王子が王位を継ぐことが決まっている。
稀に例外はあるものの、グラジオラスの歴史において女王というのは前例がない。
男子が生まれなかった代には王女が貴族から婿をとり、その婿が国王の座につくのだ。

つまり王子が生まれない場合を除いて、歴代の王女は皆ある程度の年齢を越えれば、然るべき貴族の家へ嫁ぐことが必然的に決められている。
王族に生まれた女子は、王にもなれず、恋愛も許されない運命にあるということだった。

(兄上様は子供の頃からずっと光海の世界に、憧れていたわよね。
たしかにどうしようもないバカだけれど、でも……気持ちくらい分かる。
あたしは、普通が羨ましかった。)

憧れや夢を持つことも、一人の人格として当たり前のことではないのだろうか。
カトレアにはイキシアを止め、城に引き戻すことなどできなかった。


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