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イキシア

第2章 第一章




怒り冷めやらぬ様子のギボウシは側近の一人に、国内にいる兵士たちにイキシアを捜索させるよう託ける。

カトレアはまた一つため息をつくと、何も言わず部屋を後にした。
静かな自室のベッドに体を横たわらせて目を瞑れば、思い出すのは幼い頃の記憶。

イキシアは目を輝かせながら、自分たち三人の姉妹によく話して聞かせてくれたものだ。
光海や人間や、見たこともない陸の上の話を。
自分たち人魚がどれほど狭い世界の中で生きているのかを。

『俺は必ず行くんだ。
光海に、人間の住む陸地に!
そして知りたいんだよ。
本当に人間たちは、俺たちを脅かすような怖い人たちなのか。
人間と人魚は、永遠に分かり合えない存在なのか――。』

「……バカね。」

分かり合えないわけではないのだろう。
けれど人間と人魚が共存する世界が訪れるには、あまりにも足りないものが多すぎる。

未知に対しての偏見のない理解。
共に歩み寄ろうとする努力。
またその理由。
そして――長い長い時間。

(仲良くしましょう。
はいそうしましょう、で片付く問題じゃないことくらい、あのバカにだって分かっているはずなのに。)

人間への恐怖と嫌悪しかない人魚たちの心を解きほぐすだけでも、かなりの労力と時間を要するだろう。
まして人魚の存在すら知らない人間たちに、いきなり自分たちを受け入れろと言うのも無理がある。

イキシアの夢や憧れは個人的なものであって、人間と人魚の友好なんて大層なものを望んでいるわけではないのかもしれない。
人間への純粋な好奇心、憧れ。
そんな彼の小さな夢は、人魚の世界においてもっともタブーなこととされている。

(……何事もなく帰ってきてくればいいんだけれど。)


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