イキシア
第2章 第一章
「あたしに見つかったのが運のツキよね、兄上様。」
勝ち誇ったような、人を小バカにしたような笑みがまた憎たらしくも美しい。
実際カトレアは兄であろうと関係なく俺をバカにしている。
門に寄りかかったまま、動こうとしない反抗的な妹に、俺の焦りは募る。
これが冷静で寡黙な次女のサルビアか、温厚で従順な三女のフクシアなら、俺は今頃とっくに門外へ出ているだろう。
「さ、早くして。
父上様はもうご乱心寸前よ。
騎士たちに見つかるより先に、あたしに見つかったのが唯一の救いよね。
ねぇ兄上様、そう思わない?」
「カトレア」
腰あたりまで伸びた彼女のプラチナブロンドが、ふわふわと風に揺れて踊る。
銀の髪によく似合う、長いまつ毛の大きな双眸。
真紅の瞳が俺を見つめていた。
今まで何人の男が、この色香と美貌に誑かされてきたのだろう。
確かに俺はバカかもしれないけれど、妹の分かりやすい皮肉と挑発にのるほど愚かではない。
人並みに矜持はあるし、孤独だけれど目標もあって。
もし邪魔をするなら、強行突破してでも海に出てやろうと思った。
けれどカトレアはそんな俺を一瞥するなり、わずかにため息をついて門から離れたのだった。
「……へ?」
意外な行動に動揺の隠せないでいる俺を、カトレアはふてぶてしく鼻で一笑する。
「何よ。
早くしてって言ったでしょう。
こんなところでもたついていないで、さっさと行って欲しいわ」
「は?
だ、だって……。
お前、俺を止めないのか?
城に引き戻したりとか、そのために来たんだろ?」
「あたしがいつ兄上様を引き戻しに来たなんて言ったの。
バカがいないか見に来たって言ったじゃない。
そうしたらやっぱりバカがいたから、もう満足したし帰るわよ」
それじゃあごきげんよう、なんてわざとらしい挨拶を残し、城のある中心地へと泳ぎ出すカトレア。
相変わらず彼女には、素直とか従順とかいう言葉が似合わないようだ。
けれどあれはあれで、きっとカトレアなりの優しさなのだと思う。
光海に出ることを彼女が黙認してくれたのは、初めてのことだった。