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いつくしむ腕

第2章 故人を偲ぶ

この会社には、バツイチで子持ちの職員が四人いる。
女性三人、男性一人。
子供が自立している人もいれば、まだ幼い人もいる。
斎藤さんの息子は、中学一年生だそうだ。
思春期。反抗期。
どんどん大人になる準備をしていく年頃。
「息子さん、最近も機嫌悪いんですか?」
ここで働くようになってから、子供の機嫌が悪いらしい。
この仕事は厳密な帰宅時間が決まっていない。
18時のお通夜なら20時くらい、19時のお通夜なら21時くらい。
「くらい」としか言えないのだ。
どちらにしろ、夕食を家族揃って食べることは難しい。
作って置いておくか、各々用意して食べてもらうか、どちらかになるだろう。
まだ自立していない子供にとって、一人での食事は味気なく、静かで、寂しいものなのだ。
加えて、斎藤さんの場合はやや過保護なところがある。
これはわたしの勝手な憶測だが、夫と別れ、一人で子供を育てていかなくてはならないその使命感からきているのだろう。“自分が守ってあげなくちゃ”。
斎藤さんは息子にガスコンロを使わせない。
団地だから、何かあったら我が家のせいになってしまう、と口では言っているが、本当の理由は「息子が心配だから」なんじゃないかな、と思う。
ーー子離れと親離れがこの人の課題かな。
わたしが言えた立場ではないので、心の中で呟く。
人を心理的に分析しようとしてしまうくせがある。
話し方、内容、言い方、目線。
無意識に観察してしまう、つまり人の顔色を見てしまう。
顔色を見たところで、ご機嫌うかがいなんて器用なことは出来ないのだけど。
「機嫌、直らないんですよねえ。ただの反抗期なのかな?よくわからないから諦めましたけど」
そう言って苦笑する彼女の目は、諦めたようには見えなかった。

お通夜が始まる30分ほど前に、遺族は会場に入る。
畳の貼られた控え室ががらんとしたとき、わたしたちには仕事が待っている。
通夜振舞い、というものの準備。
要するに、お通夜の後の酒盛りだ。
遺族の人数や注文分のオードブルの数に応じて、テーブルを用意する。レース地のビニールクロスをかける。
日本酒を出して、焼酎を出して、つまみをお盆に乗せて出して、届いたオードブルを配置する。お皿、割り箸、おしぼりも。
ふと控え室の奥を見やると、お母さんと幼い子供がいた。
子供は眠っていた。
「すみません」
母親がわたしに声をかけた。

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