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いつくしむ腕

第2章 故人を偲ぶ

「はい、どうなさいましたか」
「子供が眠ってしまって…式に参加したいので、この子をここで寝かせておいてもいいですか?」
特に断る理由もないので了承した。儀式の最中、わたしたちは暇なのだ。子守りぐらいは出来る。
「ありがとうございます。ぐずったりしたら、呼んでください」
わかりました、と告げると、母親は部屋を出ていった。
子供は、ぐっすりと眠っている。
タオルしか子供には掛けられていなかったので、わたしはジャケットを脱いで上から掛けた。
わたしとお焼香の、「生と死の匂い」。
この子には、きっとまだわからない。

様子を見に来た斎藤さんに、わたしが見てるので皆さん休んでて下さい、と告げ、わたしは座布団に座り込んだ。
なんとなく、この役割は自分がやりたいと思った。
…子供もいないのに、大丈夫なんだろうか。
思わず自分自身に苦笑した。
オードブルの様々な食材の匂い、つまみの独特の匂い、
畳の匂い、幼子の静かな寝息。
ぷつり、と現実から引き離されたような感覚。
この世界には、わたしとこの子しかいないような錯覚。
自分の子供。
それは一体どんな感覚なんだろう。
どんな存在なんだろう。
あの人にとってーー
そこまで考えて、小さく首を振る。もう考えちゃだめ、わたしには関係ないのだから。

「果夏ちゃん、子供起きそう?」
火葬場で一緒だった同僚(大川さん、という)が顔を覗かせた。
「いえ、ぐっすり寝てます」
良かった、というなり、大川さんは控え室へ入る。
寒いのではないか、と心配したらしく、ブランケットを持ってきてくれたようだ。
「あら、ジャケットかけてあげたの」
「一応。お腹冷やしたら大変ですし」
「果夏ちゃんが寒くなるよ、これ掛けてあげたら?」
差し出された、年期の入った青いブランケットを受けとる。
ジャケットをはがし、それをかけてあげた。
なんとなく、こっちのほうが安心した。

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