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妖魔滅伝・団右衛門!

第8章 八千代の想い

 
 この人間の持つ魂は、極上の餌である。牙をむき首筋にかぶりつき、両手で心臓を鷲掴みにして啜り堪能したいと叫んでいた。

「一人では心細いだろう。家まで送ってやろう、歩けるか?」

 汚れた頬を指で拭うと、男は八千代の手を取る。恐れも警戒もない手のひらは、八千代が長らく忘れていた人間の鼓動も早くさせた。

「――っ」

 胸が詰まり、八千代は返事出来ず俯く。すると男はしゃがみ、力強く手を握りながら名乗りを上げた。

「安心しろ、私は加藤左馬助嘉明。秀吉様の命により、淡路志智を任された武士だ」

「あ……の」

「お前の名はなんだ?」

 鬼の餌がどんな末路を辿るのか、一番知っているのは八千代自身だ。鬼の人形である八千代が心を揺らす必要はない。ただ言われたように鬼へ報告すれば、あてもない放浪生活は終わりになるのだ。

「……八千代」

「八千代か、良き名だな」

 頷く嘉明に、八千代は涙がこみ上がる。当たり前のように交わされる、人との言葉。鬼の奴隷として体を作り替えられ、同志であった人間の村を襲い血を浴びた八千代に、湧いてくるのは強烈な悲哀だった。
 

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