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妖魔滅伝・団右衛門!

第10章 さよなら団右衛門

 
 快楽に任せて零れる涙なら、問題はない。しかし悲しみに濡れる瞳を、団右衛門はこれ以上見たくはなかった。どんな手を使ってでも、団右衛門が強く惹かれた微笑みに戻って欲しかった。たとえそれが、償いを放棄する結果になろうとも。

 団右衛門は抱き締める腕の力を強め、胸の奥に躊躇いと罪悪を封じようと深く息を吐いた。

「……なあ、もう二度と馬鹿な事しないよう、鍵かけてくれよ。あんた自身に縛ってもらわなきゃ、割に合わないからな」

 すると嘉明は、団右衛門の首に迷いなく腕を回し、口付ける。互いの唇が合わさった瞬間、胸の奥に淀む暗い気持ちには全て錠が掛けられた。

「ん、ふ……」

 交わる蜜の甘さは、甘えである。抱き締めるのは、弱さを断ち切れず寄りかかる体である。しかしそれは、扇情的で離れがたい。団右衛門は夜が耽るまで嘉明を掻き抱き、抜ける事のないように深く楔を心に打ち込んだ。







 関白・秀吉の覚えめでたい沈勇の士・加藤佐馬助嘉明。秀吉が京を手中に収め天下を手にした今も、九州、小田原、奥州など火種は多い。嘉明は戦場を巡りあまり志智に帰る間もないが、戻ると欠かさずに行う習慣があった。
 

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