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スノードロップ

第1章 こい、はじめました。

昨日よりは少し寒さの和らいだ道を歩く。
学校帰りに直接本屋に向かうには、自宅を通過するしかないのが痛いところだった。
一旦帰宅しないのも、自分が早く田中さんに会いたいと言っているようで、気恥ずかしいと感じる要因であったからだ。

「(大丈夫、普通にしてれば大丈夫)」

学校を出てから本屋につくまで、頭のなかでそう繰り返していた。
そうでもしないと、平常心を保っていられなかったから。
今朝は念入りに髪をとかした。
普段はつけないヘアコロンも少しつけた。
化粧だってしてなかったのに、ファンデーションを塗った。
学校を出るときに、リップも塗り直した。
本屋の前で数秒、確認する。

「(大丈夫、おかしいところはどこもない)」

やけにうるさい心臓に気をとられながらも、店へと入っていく。
昨日よりは平日ということもあってか、店内は落ち着いたものだった。
程よく客も入っているが、あの長身なら見つけることは容易だろうと、店内を見回す。

「(…あれ)」

見つからない。
あの長身を視界にいれることは出来なかった。
ちょっと、いや、かなり予想外だった。
まさかいないだなんて選択肢は用意していなかった。
あんなに急かしていた心臓も、トクントクンと静かに脈打っている。

「あれ、昨日の方ですよね?」

不意に声が掛けられる。後方上から。
さっき大人しくなった心臓が口から出そうなほど飛び上がる。
振り返ると、やはりあの男…田中さんがニコニコと笑って立っていた。

「た、田中さんっ 」

焦りで声も裏返る。余計恥ずかしさも増してきて、あたまが頭が真っ白になってしまった。
そんな美月を知ってか知らずか、田中さんはニコニコとしながら話を続けた。

「あ、名前覚えてくださったんですね。うれしいなあ、あ、昨日の本どうでした?まだ読んでないかな。今度 良ければ感想聞かせてくださいね」

今日は何かお探しですか?
最後にそう付け加えると、屈んで美月を覗き込む。

「あ、えと、今日はなにも…あの本読みましたっ、ありがとうございましたっ」

いきなり再会出来たこと、笑顔が見れたこと、近い距離で覗きこまれていること、美月は同時に起きた様々な事態に対応出来ず、感想も言えず、バタバタとその場から離れることしかできなかった。

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