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第3章 ~悪夢~

「直生、タイヤの消耗に気をつけて走れよ?」

いつもと変わらぬ凜の声音に、直生はおとなしく頷くと、前方を見つめる。

 レースが始まって約一時間が経過し、最後のピットストップを終えて、ラスト十周となった時にそれは起こった。

レース終盤になるに連れ、雨と共に風が強まってきている。

視界が悪い中、直生はマシンコントロールに神経を集中させていた。

…けれど、凜が心配していた通りタイヤの消耗が激しくなってきていたのだろう…。

バック・ストレートエンドの二連ヘアピンに差し掛かるところだった。

前輪タイヤがバーストし、マシンコントロールを失ったカーナンバー1は、そのままスピンし…勢いが止まらぬまま周回遅れの車に乗り上げ宙を舞ったのちにッサーキット上に叩きつけられた。

左脇腹に激痛が走った直後、直生は思わず声を上げる。

「いってぇ~!」

反射的に抑えていた脇腹の上の掌を離し、直生は滴る汗を思わず拭い去りながら、身を起こす…と、そこはモーターホームのミーティングルームだった。

「…あ…れ? 夢……。」

「直生、お前…うなされてたぞ。肋骨の罅、そんなに痛む?」

水の入ったグラスを差し出しながら、凜はそう聞いてきた。

「嫌な夢、見た。」

渇いた声音で、直生はポツリと呟く。喉がカラカラだった。

差し出されたグラスを手に取り、直生は少しづつ喉を潤してゆく。

そうして、一瞬後息をついた。

直生に限らずレーサーが怪我をするのは、珍しい事ではない。

スピンしてクラッシュするのは日常茶飯事だし、ドライバー自身がいくら気をつけていてもマシントラブルは防げなかったりするからだ。

それでも、昼間のクラッシュで神経が高ぶっているのだろう。普段ならテレビをつけっぱなしにしてまで寝ているのは、モーターホームの個室だ。

……けれど、今日に至っては一時間経っても寝る事が出来ず、凜や他のスタッフがいる傍らでミーティングルームのソファを借りて簡易的に寝る事にしたのだが……。

結局、洒落にならない夢を見てしまったのだった。

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