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青い桜は何を願う

第2章 出逢いは突然のハプニング


「つまり、先生は」

「娘さんご夫妻を喪われた貴方がたは、それだけで十分に苦しまれました。なのに、娘さん方が生前こしらえてしまわれた借財の保証人でいらしたばかりに、貴方がたはいっそう苦汁を啜られていた。ここに神がおいでとしましょう。私は、貴方がたのような罪なき人間にかくも残酷な試練を与えたかの人を、サタンと呼びます。しかし、幸い、貴方がたは私達の兄弟でした。私の兄、一条一樹(いちじょうかずき)が開基した第二創世会の教えの下に、貴方がたと私は巡り逢いました」

「先生……」

「貴方がたは私の兄弟です。及ばずながら、私は力をお貸ししたい。私のこの行いは、神の可能性を秘めたる存在に近づくための、私の修行でもあったのです」

 透き通った次成のテノールは、聖歌でも暗唱している音がある。

 女が感極まって、とうとう床に伏して泣き崩れた。

「あのぅ、先生」

 暫し傍観に徹していた男の口が、おずおず開いた。

「何か?」

「このご恩は忘れやしません。本当に、あの……お礼は何を致せば」

「…………」

 次成が、少しの逡巡を装った。

「貴方がたをこの楽園にご案内致しましたのは、兄や私の希望です。そして、この土地の所有者であらせられる、銀月家の現当主、義満(よしみつ)様の思し召しがあってこそ。私がお礼をいただくわけには参りません。ただ、そうですね……」

 数秒後、次成の口が再三開く。

「貴方がたの兄弟として、私を今後も認めて下さるのでしたら、一つ、お願いがあります」

 次成の懐から、小さなブリザードフラワーが現れた。
 それはアイスブルーの色をしていて、真っ白な花弁を氷漬けにしたようにも見える、不思議な花だ。

 次成の手から男のそれに、小さな花が渡っていった。

 男の白濁した目が、目前の若者を見上げる。

 その瞬間、次成の細い目許が甚だしく見開いた。そしてまた、元の上弦の月のカーブに戻った。

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