
青い桜は何を願う
第8章 懺悔は桜風にさらわれて
噂は噂、他人の評判や外見に惑わされても、ろくなことはない。もものそういった価値観は、年頃の少女にしては、些か世俗離れしたところがあった。流衣とこのはの関係を無責任に憶測する生徒らの話を鵜呑みにするところもなかった。そして、よりによってあのさくらを美人と称していたのはともかく、身近なアイドルを追いかける類いのミーハーな気質も極めて薄い。
流衣は、もものそういうところが、友人として付き合いやすかった。娘役として常に主役級を張っているのも、清楚な容姿が功をなしているだけではなくて、積み重ねがものを言っているからだ。仲間としても尊敬している。
だが、他人に無関心すぎる。この賢い友人が、今だけは恨めしい。
流衣は、そこではたと我に返った。
周囲の哀れみに満ちた視線が痛い。ももも、さすがに遅れ馳せながらの後悔の色を現してくれていた。
「…………」
このはのデートの相手に心当たりはある。本当に合コンで見付けてきた相手との方が、まだましだった。
「今日休むから、あとはよろしく」
流衣は教室を後にした。
「銀月先輩」
このはとの稽古に毎日のように使っていた踊り場に差しかかった時、しとやかなメゾに引き留められた。
穏やかな風貌の少女が一人、ほの暗い階段の手すりに腰を預けていた。長い黒髪に思慮深い黒を湛えた穏やかな双眸、聖母の生き写しにも見紛おう少女は、どこかで見かけたことのある顔だ。
流衣は、ふっと、微かな桜の匂いを感じた。
「気付いて下さいましたのね。……あの子がいないのに、こんなに自然なオードトワレの匂いがする。私も、今日は身の安全を気を付けることにします」
「どいてくれる?」
流衣は少女の脇をすり抜ける。
どうせミゼレッタ家の一族が、記憶を持って転生してきただけのことだろう。用はない。少女の匂いがこのはに比べて甚だしく弱いのは、おそらくその魂が、同じ王族でも、一国を統べるだけの資格を持たなかったからだ。
「失礼」
「っ……」
流衣は肩を押さえつけられるなり、振り向かされた。
ぼっ、と、すぐ目の前で、赤い光が音を立てて現れる。
少女の握ったライターに灯った朱色の焔が、遠い記憶の蒼い空を染め上げてゆく。
