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青い桜は何を願う

第8章 懺悔は桜風にさらわれて


* * * * * * *

 夢を見ていた。

 どんな夢だったかはっきりしないが、さくらは少女と一緒にいた。
 少女の顔は朧気だった。とても魅力的な少女だった気がする。
 さくらは少女の優しい微笑みにとろける心地で、楽園にいざなわれた安らぎを得て、幸せな笑みを浮かべていた。片手を少女と固く繋いで、互いに見つめ合っていた。

 二人の鞄で、揃いのストラップが揺れていた。

 さくらは、そこで目が覚めた。

 傍らの窓硝子から、久しい風景が覗いていた。
 遥か昔の遠い前世のそのまた前世、最愛の少年と一緒に何度も眺めた土地だ。

 さくらはカイルとの思い出の海に、電車で向かっていた。

 アナウンスが目的の駅の名前を告げた。

 さくらは鞄を抱えてホームに降りると、次の駅へと向かっていった電車に背を向けた。

 改札口を通り抜けて、青空の下で、真っ白なパゴダのパラソルを広げた。

 さくらは日陰の中で、瑞々しい空気を吸った。ぼんやりしていた頭が覚めて、心身ともに潤った。

 さくらは、自然界を飛び回る蝶にでもなった気分で、見知った道を歩き出す。

 どこからか聞こえる鳥や虫達の鳴き声が、不思議なハーモニーを織りなしていた。朗らかな歌声に耳を傾けていると、足取りは自然と軽やかになる。

 息を吸い込めば独特の匂いが身体中に巡っていった。

 アスファルトに、落ち葉や木の枝、砂利や木の実が散らばっていた。

 氷華の記憶が、また一つ、蘇ってくる。

 リーシェはよく、石垣の割れ目から伸びた細い樹木に足をとられて、小さな石の欠片でつまずきかけた。さすればリーシェは、面倒見の良い、少しだけ過保護なカイルに、遠慮がちな態度を崩すまいとされながらも、エスコートされて歩いたものだ。

 さくらの前方に、海が見えてきた。

 淡い薄紅色の桜並木の向こうに望める海から、穏やかに打ち寄せる波の音と優しい潮風が運ばれてた。胸が高鳴る。

 事態が急変したのはその時だ。

「んん、ふぐ……っ」

「怪しい者ではございません。どうかご同行下さい。王女様」

 口を何かで押さえつけられると、強烈な薬品の臭いがした。

 激しい眩暈に襲われて、さくらの視界がぐらりと歪んだ。

 力が抜けて、さくらの身体が、男の腕にどさっと落ちた。

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