テキストサイズ

青い桜は何を願う

第8章 懺悔は桜風にさらわれて


 やにわに、莢の顔色が変わった。

「あの、莢……?」

 不規則な息、片手を握って肩を震わせるその表情は、ともすれば悪夢にでも憑かれた如くに深刻だ。

 このはがその肩に手を伸ばしかけるや、長い睫毛に縁取られた目蓋が閉じた。

「莢っ……莢?!」

 ぐったりした身体を抱き抱える。

 このはは、とにかく莢を近くの岩場に運んでいった。そしてたった今までいさかっていた相手の頭を、膝に寝かせる。

 このはは、莢の蒼白な寝顔を見つめながら思う。

 何故、氷華と天祈は分裂したのか。
 両国は、国民の言語や外見の特徴だけを挙げれば、ほとんど同じだ。
 それというのも神話の時代、それはそれは平和な華天という一つの帝国だったと聞く。にも関わらず、ある時を境に、西と東は憎み合うようになったのだ。

 打ち寄せる波の音は、あまりに優しく穏やかだ。

 澄んだ碧が広がっている。振り返れば薄紅色のカーテンが咲き乱れていて、甘い誘惑をそよがせている。

 漣か、春の精か。

 このはが、人ならざる何かにさらわれてしまったとする。さすれば、さくらは泣いてくれるだろうか?

 ──もし君の身体に青い花の痣がなければ私の姫君じゃない、人違いだったって信じるよ。

 いつかの昼休み、流衣と争った時のことが思い起こされてきた。

 胸の痣が痛み出す。何故、さくらではなくあの人が、この花の匂いに勘づいた?

「このは……っ」

 聞き覚えのある声に呼ばれた。

 このはは海から顔を上げて、辺りを見回す。

 岸壁の石畳の階段から、少女が一人、駆け降りてくるのが見えた。流衣だ。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ