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青い桜は何を願う

第8章 懺悔は桜風にさらわれて


「それ、希宮?」

「希宮莢です。いきなり倒れました」

 流衣がこのはの隣に膝をついた。
 俠気ほのめく、それでいてたおやかな面差しが、莢の顔を数秒覗き込んだ後、神妙な色を顕した。

「叔父なら何とか出来るかも」

 このはは刹那、流衣の渋った表情の所以を解りかねた。が、すぐに理解した。

 叔父とは時枝譲治を指そう。時枝は怪しい前世療法で、莢の過去を暴いた疑いがあるという。

 ほんの一週間前、このはが行夜の車に強制連行された朝、流衣に聞かされた話だ。

「じゃあ」

 普通の病院を呼びましょう、とこのはは携帯電話を握った。

「私に任せて下さい」

 突然、背後から馴染み浅い声がした。

 このはが振り向くと、同年代と見られる少女が一人、こちらを見下ろしていた。

* * * * * * *

 このはは、まじまじと飛び入りの少女を凝視した。

 はっと目に立つ美少女だ。

 あどけなさの残った顔には過剰な化粧が施してあるが、素顔もさぞ美人だろう。
 このはより暗いトーンの亜麻色の髪は、綺麗にカールし、アップに結い上げられている。スワロフスキーがふんだんに盛り込んであるクロスのネックレスが、開いた胸元を華やがせている。出るところは出て、締まるところは締まった少女の完璧な肢体の線を、タイトなチャコールグレーのワンピースが強調していた。ワンピースは、ともすれば彼女のために作られた、オートクチュールよろしくフィットしていた。

「君は?」

「私は香苗(かなえ)。莢の彼女です」

「か、か、か──…!」

「莢を迎えに来ました。お姉さん達もデートでしょう?莢は私に任せて、楽しんできて下さいな」

「流衣先輩、誤解されてます」

 そっと流衣に囁いた。

 ──が。

「香苗ちゃんも言ってるし、行こうか?このは。私は君をデートに誘うつもりで来たから」

「はっ?」

「私も、時枝叔父さんより香苗ちゃんに任せた方が安心出来る。君の危険もなくなるからさ。どこ行きたい?折角だし水族館?」

 立ち上がるや流衣が差し出してくれた手を、このはは思いきりはたきたかった。

 香苗の視線がぴりぴり痛い。早く莢から離れろ、と、無言の圧力がのしかかってくる。

 このはは岩場を立ち上がる。流衣の手は借りない。
 だのに改めて流衣と向き合うと、このはの目尻に熱いものが迫り上がった。

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